ニュートラルポジション

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だいぶ、あいてしまいましたが、今回は「私情、千原兄弟がトップの頃の心斎橋筋2丁目劇場の思い出 Part.6」の続きを書きたいと思います。

今回はザ・プラン9のリーダーであり、脚本も担当しているお~い!久馬さんのことを中心に書きたいと思います。

今はザ・プラン9という、「コントと演劇の間」という感じの本公演が評判で、公演があれば、チケットが即完売するというクインテットの重要人物であり、プラン9自体は、今まで、吉本のファン層にはなかった、演劇系のファンが気にするようになった、という貴重な存在です。
今までの吉本ではラーメンズやバナナマンなどのファン層を得ることは想像できませんでしたが、プラン9はプラン9自体の個性も含めて、そんな感じのファン層の方々も気にかける存在となっていると思います。
また、漫才や本公演とはまた違ったコントをこなす5人組です。

久馬さんは大阪NSCの10期生でシェイクダウンというコンビを組んでいました。
シェイクダウンは漫才、コントをどちらもやるコンビでした。
相方だった、現在はピンで活動をされている後藤秀樹さんはツッコミのうまい人で、ダウンタウンの浜田さんにツッコミ方が似ているとは言われていましたが、本人の味もちゃんと出ていて、いいツッコミをされる芸人さんです。
シェイクダウンというコンビ自体は地味なコンビでした。
当時の久馬さんは今の、いい意味でなんとも言えない雰囲気の人、という感じではなく、弱弱しい印象のボケをされている方でした。
当時からネタは久馬さんのほうが書いていました。
漫才にしてもコントにしても「オチがきれい」と言われていました。
それがシェイクダウンの弱い印象、地味な印象を与えるコンビでした。
ただ、たたずまいは良く、画家の田伏勉さんの絵のモデルになったこともありました。

その後、活動自体は平行線を漂う感じで続けていましたが、久馬さんが漫才を続けることに行き詰っていて、新しいことを始めたいと思い、当初はシェイクダウンに人数を増やして続けていこうと思ったのですが、後藤さんが人数を増やすことに反対し、解散することになりました。
当時、解散の関して、千原兄弟に相談を持ちかけたこともあったそうですが、当時、千原も余裕がなく、相談に乗れなかった、という話も聞きます。
(私が持っているホームページの中の「過去の「お笑いについてのコラム」」の中で、シェイクダウンの解散についての少しニュアンスの違うことを書いたことがありましたが、今回は久馬さんのブログの2007年7月25日のエントリーを読んで、こちらのニュアンスのことを書きました)

その後、ザ・プラン9という、当時はトリオを結成します。
私はトリオ時代も少し見ていましたが、当時の3人には以前のコンビのイメージもあり、素直に見ることができませんでした。
違和感は感じていましたが、中心人物である、久馬さんの「新しいことをやりたい」という意欲は感じました。
その後、現在の5人にメンバーが増え、今に至ります。
シェイクダウンのときは「オチがきれい」ということが地味な印象を与える原因になっていたと思うのですが、現在はそれが脚本に生きているような気がします。
現在のスタイルになることによって、久馬さんは正当な評価がされるようになったと思います。

「~Part.6」で陣内さんのことを書いたときも書きましたが、久馬さんがシェイクダウンのとき、仕事で陽のあたるところにいたため、翌日、顔が腫れてしまい、当時の2丁目劇場の支配人に「芸人を辞めろ」といわれた話を書きましたが、そのときも書きましたが、本当に芸人を辞めていたら、吉本にとって大きな損失になっていたと思うし、当時の支配人の芸人を見る目が問われる出来事だったと思います。

(2007年9月8日23:20分頃 一部の文章のミスを修正しました)

まだ続きますので、よろしくお願いします。
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