ニュートラルポジション

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遅くなって、すみません。

今回は「私情、千原兄弟がトップの頃の心斎橋筋2丁目劇場の思い出 Part.2」の続きを書きたいと思います。

今回は、というか、「~2丁目劇場の思い出」に関しては踏み込んだ話をすることも多くなると思います。
なるべく、気をつけて書きますが、もし、「あまりにもひどい」と思われるところがありましたら、コメント欄などでご指摘ください。

大阪・心斎橋筋2丁目劇場に出ていた芸人さんたちに「はまる」きっかけになったのは、以前も書いたように「誉(ほまれ)」ですが、同時期に千原兄弟をNHKの単発の番組で知ったわけです。
その後、千原兄弟が2丁目劇場のトップであることを知るのに、そんなに時間はかかりませんでした。
私は千原兄弟が2丁目劇場のトップであることをすんなり受け止めていたようなので、この事実を知ったとき、自分がどういう感想をいだいたかは、今はぜんぜん、おぼえていません。
それほど、自然にその事実を受け止めていたように思います。

千原兄弟はシュールと狂気を持っていて、独特の世界観のコントを見せていて、私は好きです。
ただ、千原兄弟は人気はあったものの、コントやフリートークで見せる、アクの強さは、当時から高いクオリティはあったものの、好き嫌いが分かれやすいコンビでありました。
どちらかといえば、事実上のツートップであった、ジャリズムのほうが受け入れやすい、といわれていました。
人によっては、将来、東京で売れるのは千原ではなく、ジャリズムではないか、という人もいました。
私は個人的にはジャリズムを得意としなかったので、ジャリズムについてはなんとも言えません。
2丁目劇場のファンとしてはジャリズムに対しての思いは少数派だと思います。
また、ジャリズムのことはのちに書きたいと思います。

私は千原兄弟のことが好きです。
アクは強いですが、面白いですし、あの芸風は好きですね。
とても好きな千原兄弟ですが、当時、千原ファンであった私でも、少なからず、違和感、というか、「なんか、違うなあ…」と思うことがありました。
これは特にジュニアさんに対して、その要素が大きかったと思うのですが、ジュニアさんは自分に対しても人に対しても、特に自分に対しての表現方法論的な部分と相手に求める表現方法論的な部分において、潔癖なくらい、求めている人、という風に感じていました。
それはある意味ではいいところなのですが、他の2丁目劇場のファンの中にはジュニアさんが「気にいっていないと思われる芸人(うわさの域ではあるが)」に対しての言い草はカンに触る部分もあったようです。(たびたび、そう思わせるような発言があったようです)
また、私が千原のラジオを聴いていたときのことですが、東京に出たての頃、東京でラジオをやっていて、その中で、ロンドンブーツ1号2号の2人のことで、ロンブーの2人は千原に対して丁寧に挨拶したにもかかわらず、ジュニアさんは、
「挨拶が丁寧すぎる。それに、自分の名前を苗字ではなく、下のところで呼ばせているやつは嫌いだ」
と言っていたことがありました。
ほとんどの人がご存知でしょうが、ロンブーの二人は他人コンビではありますが、苗字が同じ「田村」なので、下で呼ばないとややこしいことになるので、下の名前で言っているのです。
しかも、実の兄弟ではあるけど、というか、だからこそ、同じ苗字である千原兄弟だって、同じだろ、と思いました。
そのことはその場で、せいじさんが、その旨でツッコんでいました。
いくら、千原兄弟のファンである私も、このことは、
「ジュニアさんの言いがかり」
だと思いました。
その後、東京進出に失敗して、でも、徐々に活動をして、今やっと、いい感じで知名度が上がり始めている千原兄弟ですが、今はジャックナイフからバターナイフに変わったといわれている、あるいは言っているジュニアさんはロンブーと共演していました。
また、ジュニアさんはさんまさんの番組にて、とがっていた頃の自分について、
「それは過去の話です」
と言っていました。
変わってはいけない軸の部分が変わったわけではないと思いますが、東京に行ってから、いろいろあったと思いますし、東京での身の振り方で現在の形になったのだと思います。
昔のジュニアさんは、とがっていた部分とまろやかな部分とがあったと思います。
それに本当に「痛い」くらい、とがっていたとしたら、今まで、このお笑い界に生き残ってはいないとも思います。
昔のジュニアさんは、少し、やり方が間違っているなあ、とか、言いすぎだなあと思うこともありましたが、その荒削りな部分も含めて、千原兄弟だと、思っていました。

その後、東京へ行きましたが、すぐには売れませんでした。
東京へ進出して、東京のお笑い界に風穴を開けてほしいと、ファンの私は期待していました。
千原がすぐに売れなかった理由とされていることは、検索をかけて、他所の方の意見を見れば同じ意見があると思いますが、当時の千原兄弟は「ダウンタウンと芸風がかぶる」という点が問題だったと思います。
こういう業界でよく言われていることに「同じものは2ついらない」ということで、このとき出て行っても、「ダウンタウンと芸風がかぶる」という点をクリアできなかったと思われます。
もちろん、よく見ると違う部分も多くあるのですが、目立つ部分ではダウンタウンとかぶる部分は多かったと思います。
今はそうでもないのですが、当時のダウンタウンは歯に衣着せぬ物言いをする感じでやっていました。
それは千原兄弟もそうで、その発言の方向性も似たようなところがありました。
それは先輩芸人に対してであったり、売れている芸人に対してだったり。
ただ、ダウンタウンほどの地位を築いていない、ダウンタウンの後輩である千原兄弟はダウンタウンの2番煎じでしかない、と思われていたのかもしれません。

売れなかったことに関しては千原に限らず、他の2丁目芸人にもいえると思いますが、当人たちが悪かったわけではなく、時代に合わなかった、時代の波にうまく乗ることができなかった、デビュー時期が悪かった、ということが大きな要素だったと思います。
当時の私の2丁目劇場の芸人に対しての評価は思い入れていたものの、意外と冷静なものだったのですが、そのことに関してはのちに書きたいと思います。

続きますので、よろしくお願いします。
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