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カンニングの中島忠幸さんが亡くなられました。

闘病2年、カンニング中島さんが死去…白血病ウイルス性肺炎で(サンケイスポーツ)
 急性リンパ球性白血病で一昨年12月から闘病を続けていたお笑いコンビ、カンニングの中島忠幸さんが20日午前11時46分、白血病ウイルス性肺炎のため、都内の病院で死去した。35歳だった。

 関係者によると、中島さんは今年5月に臍帯血移植を受け、8月には退院するほど元気になったが、11月に風邪をこじらせ、肺炎を併発して再入院。1週間前から危篤状態に陥り、妻の真奈美さん(35)、長男の翔太君(2)ら家族に看取られ、息を引き取った。

 相棒の竹山隆範(35)はこの日、年末特番のテレビ収録で中島さんを最期を看取ることはできず、仕事先で真奈美さんから訃報を聞き、がく然としていたという。竹山の相棒思いは有名で、竹山には交際10年を超える彼女がいるが、中島さんの復帰までは結婚しないと関係者に宣言していた。また、中島さんの高額な治療費を一部負担していたという話もある。

 カンニングは鳴かず飛ばずの時代を経て、平成16年に日本テレビ系「エンタの神様」でブレーク。キレキャラで怒鳴り散らす竹山に、中島さんが穏やかにツッコミを入れるスタイルが受けた。が、同年12月中旬に中島さんが白血病で入院。以来、竹山が中島さんの分まで1人で頑張り、レギュラー10本を抱える売れっ子になった。

 一方の中島さんは、昨年11月に同じ病気で他界した歌手、本田美奈子.さん(享年38)が同年1月に入院した際、関係者を通じて元気づける手紙を送り、5月には臍帯血移植で元気になった美奈子.さんから「素晴らしい明日があるから頑張ろう」とつづられた手紙を送られるなど、お互い励まし合っていた。

 竹山は20日、文化放送「レコメン」(水曜後10・0)の生放送を急きょキャンセル。21日午前11時半から都内で緊急会見を開く。


私がブログをはじめて間がないころ、中島さんが闘病に、はいられました。
そのときのブログのエントリーをリンクします。

カンニングについて

カンニングについて 考えあって一部文章を訂正しましたので報告します。

私はそのころのブログに、
「今後、もしかしたら、もう少しはっきり、このことについて書く機会があるかないかはわかりませんが、もし、書く機会があるとしたら、明るい話題として書けることを願うばかりです。」
と書いたのですが、残念ながら、こういう形で、書くことになってしまいました。
本当はこういう形では書きたくなかったのですが、本当に無念です。
コンビとしては上り坂を登ろうとしていた矢先だったと思います。
私は彼らがくすぶっていた時代、そう、だいぶ前から知っていたコンビです。
彼らがいわゆる「キレ芸」で活路を見出し、さあ、これから、というときに、長く苦楽をともにしてきた、まさに「戦友」とも「家族」とも呼べる、相方が重い病気になってしまうという、カンニングはつくづく…、と思いました。

私はもう一つ持っている、お笑い中心のブログ「PENTREF MOR」の中の「過去の「お笑いについてのコラム」」の中でもカンニングのことを書いたものがあります。

カンニングの話 と、多分にMANZAI-Cの話(2005年1月16日 (日)を探して読んでください)(「PENTREF MOR」より)

カンニングは本当にくすぶっていた期間が長い。(私の記憶とウィキペディアの竹山隆範さんの部分を参考にしています)
福岡吉本時代に竹山さんは幼なじみ(だと思う)のケン坊田中さんと「ター坊ケン坊」というコンビ名で活動をしていました。
その後、ケン坊さんとはうまくいかなくなり、解散。
その後、料理人の修行先で人間関係に悩んでいた、同じく、幼なじみの中島さんと「カンニング」を結成する。
新聞報道での吉本総合芸能学院(NSC)の話が出ていますが、これは厳密にいうと、「福岡のNSC」のことだと思われ、博多華丸・大吉(旧名、鶴屋華丸・亀屋大吉)と同期。(また、厳密にいうと竹山さんとだけ同期。中島さんがNSC出身かどうかはわからない)
ただ、福岡で人気、実力とも上である、華丸・大吉には勝てないと思い(そう思って東京吉本に行った人も含め、上京した福岡吉本の芸人は多い)、渡辺プロ(現在のワタナベエンターテインメント)へ移籍する。
ナベプロでもうまくいかず、その後、MANZAI-Cと一緒に「フリーフォークス」という会社を設立して活動するがうまくいかず、会社が解散。
その後、サンミュージックへ移籍する。(ここでもいろんな説があり、ナベプロからサンミュージックに移籍し、サンミュージックもクビになり、会社・フリーフォークスを作るが、会社が解散し、サンミュージックに再び拾われた、という説もある)
サンミュージックになってからは長い。
それでも、キレ芸を見つけるまでも長くかかった。
しかし、つくづく、すごい経緯だ。
特に残された竹山さんには相方の闘病と、その闘病していた相方を亡くすという、本当に、すさまじい芸人人生を過ごしている。
カンニングという名前は竹山さんが一人で守ることになる。

芸人仲間の人たちのブログです。

カンニングの中島さん、ご冥福をお祈りいたします。(「品川庄司 品川祐blog」より)

売れるまで時間がかかった、という共通点がある、カンニングと品川庄司。
芸人にとってはこういう報道の取り上げ方は邪魔、でも、取り上げられるということはそこまでの知名度を得たことにもなり、誇ることだ、と、品川さんは言う。
そのとおりだと思う。
無名のままであれば、取り上げてもくれなかっただろう。
売れた証だと。

追悼(「ダイノジ・大谷さんの「不良芸人日記」より)

くすぶる、干されるという共通点のある、カンニングとダイノジ。
干されていたころのダイノジがサンミュージック所属で関東芸能界の「影の重鎮」ブッチャーブラザースさんの好意でダイノジが舞台に立たせてもらった際、大谷さんは中島さんと話をしていたという。
また、渡辺プロ時代のカンニングの話を書かれていて、ナベプロ時代のカンニングは目立つ存在だった、と書かれてある。
「キンゴロー2」にて、「関東芸人名鑑」という名前だったかは覚えていないが、そのプロフィール表にもカンニングの名前があったのだから、期待されていたのかもしれない。
いったい、何が理由で事務所を転々とし、大谷さんが素人時代、お客さんとして見ていたカンニングはその後有名になった芸風とは違っているころだが、目立つ存在だったのに、なぜ、そんな感じになってしまったのかは、よくわからない。
ただ、本当に壮絶な芸人人生だと思う。

そして、飛石連休の藤井さん。

カンニング・中島さん(「ブログも漂流中。」 飛石連休の藤井さんのブログより)

藤井さんのブログによれば、中島さんの闘病はとても壮絶だったそうで、その中で、中島さんは戦っていたそうです。
藤井さん自体も今年、清水キョウイチ郎さん、村田渚さんと親しかった芸人さんを亡くされているうえ、今回の中島さんのことと、藤井さんにとって、今年は本当にきつい年になってしまった。
しかも、村田さんと中島さんは藤井さんと同じ年。
精神的にも肉体的にもきついと思いますが、藤井さんも体には気をつけてほしいと思います。

竹山さんの今後もご活躍をお祈りします。

中島さんのご冥福をお祈りいたします。
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