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日本ハムファイターズで長い間、選手獲得や編成などで尽力された、三沢今朝治さんが北海道日本ハムを退団されるそうです。

日ハムの名スカウト、三沢球団社長補佐が退団へ(読売新聞)
また一人、味わい豊かな野球人が球界を去る。日本ハム球団社長補佐、三沢今朝治(けさはる)さん(64)は腕利きスカウトとして鳴らした。フロント入り後も数えると31年間。今年12月末で退団する“名人”は「いつになっても、スカウトは人と人とのつながりが大事」とやさしい笑顔で語った。

 新人で22勝してMVPを獲得した木田勇投手、ともにドラフト外入団ながらタイトルを獲得した岡部憲章、松浦宏明投手。獲得に奔走した選手は数限りないが、思い起こされるのは、獲得できなかった選手のことだ。

 イチロー(マリナーズ)を一番熱心に追いかけたのが三沢さんだった。高校3年の春にエースとして甲子園出場した際、「柔らかい打撃がすごい。打者としてモノになる」とほれこみ、グラウンドに通う日々が始まった。もちろんただ通っただけではなかった。

 「だれも来ていない早い時間に行ったら、お父さん(鈴木宣之さん)が来ていて、親しくさせていただきました」。だれよりも早く何度も通う。「足で稼ぐ」スカウト活動で信頼を得て、獲得の条件は整った。

 しかし指名できなかった。91年のドラフト1位は上田佳範(松商学園高)、2位は片岡篤史(同志社大)が固まっていた。ともに左打ちの選手。編成上、ほかには捕手、投手が必要だった。左打ちで、当時線も細かったイチローを強く推す理由はなかった。

 「本当に残念。もっと強く推薦すれば……」。悔しいがちょっぴり鼻が高くもある。「自分の見込みは間違っていなかった。それは自信になりました」

 選手の家族や監督らと深くつきあうことで関係を築き上げたからこそ、今のスカウトに注文もある。「情報も豊富で選手の分析もすごいけど、評論家になってはだめ。ほれ込むくらいになってほしい」。制度が変わろうとも、人のつながりを大事にするスカウトの鉄則は絶対に変わらない。何人もの逸材を見抜いた目はしかし、最後までやわらかかった。(清水暢和)

(2005年12月26日12時7分 読売新聞)


三沢さん退団の記事は見たところ、読売だけに書かれている模様。
北海道の新聞にもなかった。
それはどうでもいいけど、伝えてほしかったね。

長い間ファンをやっている人の中にも誤解している人は多いが、日本ハムのスカウトや選手の構成は優秀なチームである。
その、優秀な編成部には三沢さんがいた。
三沢さんは長野県の出身で松商学園から駒沢大を経て、東映時代からいらっしゃる人で外野手出身です。
その後はフロント入りされ、現在に至ったわけです。

日本ハムはスカウト部門に他のチームの優秀なベテランスカウトを呼んだり、他のチームへ出したりしている。
ベテランスカウトでは阪急の名スカウトの人や(名前を忘れてしまいました。すみません…)広島などにいた名スカウト、木庭さんを呼んだこともあります。
岩本選手などを獲った宮本スカウトは現在は横浜のスカウトで金城などを獲った人です。
ベースボールマガジン社のドラフト特集で誰が言ったか忘れましたが、スカウトの移籍も活発化して、新陳代謝をよくしたほうがいい、という意見があった。
これには賛成。
同じ視点でもスカウティングはチームの新鮮味を失わせる原因になっているかもしれないからね。

三沢さんがやめるということは、ますます、高田GM中心になっていくのだろうか。
まあ、私は日本ハムファンをやめて2年たつし、まあ、気にはなるけど、どうでもいいや。
三沢さんがやめるということは私が日本ハムを見る機会がますます、減るだけ、ただ、それだけですから。

まあ、ともかく、三沢さんは長い間、激務をされてこられた方です。
ご苦労様です。

【追記】2005年12月27日
20年ほど優勝できないのが、編成の弱さが原因だと書いていた人がいたが、それは違うと思います。
1998年、日本ハムの戦力はピークだった。
圧倒的攻撃力で優勝目前だった。
しかし、失速し、優勝できなかった。
戦力がピークのとき、上田監督だったのが一番痛い。
95年次のドラフトで現場の声を聞いたことが一番、致命的だった。
98年、優勝できなかった原因を上田監督以外の原因を探したら、結局は上田監督の言うことを聞いて獲った選手が入って、戦力バランスが崩れたことが出てくる。
土橋監督時代は即戦力のショートとして、オリックスに行った田口を獲ろうとしたが、クジではずした。その後はショートとしてはダメで、外野手で一流になった。
日本ハムはというか、土橋監督は即戦力のショートを求めていたが、獲らなくてよかった、ということになる。
阪急では名監督だったし、日本ハムでもダメ監督ではなかったが、名監督であっても、チームとの相性というものもあるだろう。
野球は比較的、どのチームでもいい結果を出すケースが多いにしても、阪急と日本ハムではやはり、違いすぎた。
上田監督ばかりが原因ではないと思うけど、野球の監督としても面白みがなかっただけに、私自身はどうしても胸糞悪さだけがある。
申し訳ないが、これが私の本音である。

新聞記事でもあった、イチローとのエピソードは後藤正治さんの本「スカウト」にも書かれています。
確かにイチローが活躍するとわかっていたら、1位で獲るよね。
それくらい、獲るのが難しかった選手だと思います。


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テーマ:北海道日本ハムファイターズ - ジャンル:スポーツ
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