ニュートラルポジション

私の読んだ本や聞いた音楽などを紹介し、感想を書くブログです。

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私がたわいもないことを検索していた時、ある、ひとりの男性のことを調べていた。
その人は元「シューティング」というコンビの一人だった人だ。
その人のプロフィールでたいへん気になることが書いてあったので調べてみたら、とんでもないことがわかった。
今回はそのことを書きたいと思います。
ただ、話題自体はたいへんデリケートな話なので、イニシャルで表す部分が多くなると思いますが、そこのところはご理解のほどをお願いします。

シューティングというコンビ名は聞いたことがありました。
しかし、ある時期から名前を聞かなくなったコンビでした。
私の記憶から、完全に消えていたコンビ。
しかし、たわいもないことを検索していたら、その元相方だった人の経歴にこんなことが書いてあった。

「1992年相方死去のため」

病気で?、かなと思ったのだが、これを元に検索していると、昔、とあるトリオを組んでいらっしゃった方のホームページに当たった。
そこの記事には衝撃的なことが書いてあった。

http://www.meetsworld.co.jp/matsu/deshi105.htm

Hというプロダクションのお笑い部門に所属していたTという人がいて、その人に、

「お前らは面白くも無いし何も特徴が無いのだから、名前だけじゃなく本当にシュートボクシングをやれ」

といわれ、たいへん有名なレスラーの方からシューティングを習うことになった。

そして、試合に出た相方の人は対戦相手のキックを頭に受け、残念ながら亡くなってしまう。
その後、亡くなった方の葬式があったときもTという人は態度が悪く、顰蹙(ひんしゅく)を買った。

そんなことがあったとは知らなかった。
まさか、そんなことでお笑いの芸人が亡くなっていたとは…。

なぜ、このことを取り上げたかというと、私は以前から、Hというプロダクションのお笑い部門に疑問があったからだ。
今は幸い、Tはやめたそうだが、元トリオの一人だった方のホームページの記事によると、Tという人がいたときのHの芸人はおかしなことになっている人が多いことがわかった。

たとえばYさん。
確かにある時期を境に見かけにくくなった。
でも、その原因がTという人の機嫌の良し悪しによる、気まぐれによるものとは知らなかった。
Yさんはとても気の毒な方なのだということを知りました。

また、今、若手で活躍をしているとあるコンビがいますが、彼らが現在の事務所に入る前、事務所めぐりをしていた。
その中にHもあったそうだが、そのHの印象は最悪だったらしく、1回行っただけで他を探したそうです。
現在、所属している老舗の事務所の後輩の女性コンビの一人が、おそらく、「アイドルの事務所」というイメージが大きいのもあるのか、
「Hへ移籍してみたい」
と言ったとき、このコンビは必死になって、
「あそこ(Hという事務所)はやめといたほうがいい」
と言っていた。

ある、物まね芸人だったH.Hという芸人がいた。
この人はこんな目にあったそうだ。
テレビ番組の取材が入っていたのもかまわず、この人をTは台本で殴り、この人が書いたネタをビリビリに破ったのだ。
この人は結婚を機にHをやめ、違う事務所に行き、生き生き仕事をしているようだ。
このときの番組を私は見ていました。
素人でテレビを見ている私でさえ、このHのお笑い部門はおかしい、と思った。
厳しいのはかまわないが、厳しさが理にかなっていない、素人でもそう思った。

そして、このHのTはボキャブラブーム時代、名を馳せた「フォークダンスDE成子坂」の解散の理由にもかんでいる。

http://www.meetsworld.co.jp/matsu/deshi136.htm

ボキャブラブームの芸人さんの中ではずば抜けており、ネタで勝負が出来て、シュールなネタがうまいコンビだった。
私も大好きで爆笑問題と成子坂は残って売れるコンビだと思っていた。
しかし、ある時期から、どうも、成子坂の調子が良くない。
ボキャブラのキャッチフレーズも、
「戦慄の不協和音」
となっている。
「おかしいなあ」
とは思っていた。
そしたら、解散していた。
原因は、
「マネジャーとの確執」
だった。
Tだ。
他の部門のマネジャーはいい人が多く、タレントからも信頼されているそうだ。
しかし、お笑い部門のTは同じ会社のマネジャーでも大きく違う。

なぜ、Tがお笑い部門のトップになったか?。
この部門はSさんという人が作ったそうなのだが、そのSさんがおやめになって、たまたま、次の位置にいたのが、運悪く、Tだっただけらしい。
Tはお笑いのことなど、露とも知らない人物だったらしい。
成子坂もTにつぶされた芸人だった。
Tは今はHにいないらしい。
やめた理由はわからないが、Hの上の人は良い人材をつぶしたのがTとわかれば、やめさせるのが筋だと思うよ。

今回、リンクを使わせてもらった、とあるトリオだった方のホームページの記事によると、トリオが解散したとき、こんなエピソードがあったと書いてありました。

http://www.meetsworld.co.jp/matsu/deshi108.htm

Hという事務所にはネームバリューと芸能界でも高い位置、そして、いいイメージがある。
確かに自分たちの部門はきついことばかりだが、Hにしがみついていたいという心理が働くのだそうだ。
ホームページをされている方は唯一、Hをやめた方です。
Hに残った2人は今は2人とも、芸能界をやめたそうです。
そして、
「しかし、彼らは今芸能界から姿を消している。
今だったら僕の云った事が分かってくれるだろう。」
とおっしゃっています。

私の長年のHのお笑い部門に対する疑問が解けた。
こういうことがあったんですね。
確かにこれはひどい。
Hのお笑い部門は今でもある。
Tのいたひどい時代を我慢して耐え、今、活躍している芸人もいる。
また、男性若手部門では小さなお笑い事務所を吸収して、違う部門として今もある。
Hの今までの部門、若手男子の部門、女子の部門。
今のHには2度と、こういうことが起きないことを祈りたい。


今回は私、red hotの判断で、コンビ名2つのみを出しました。
それ以外は伏せました。
リンクの名前は出しませんでしたが、リンク、その内容は引用させてもらいました。
ただ、もし、不備な点でもありましたら、ご指摘ください。
その内容いかんでは熟考し、表現等を変える場合もあります。
また、伏せた名前の部分をもう少し出すべき、あるいは伏せるべきなどの点もありましたら、前記にも書きましたが、内容いかんでは熟考し、表現等の変更をするかもしれません。
たいへんデリケートな問題を扱いました。
自分なりに考えましたが、今回は書こうと思い、書きました。
今後もお笑いのことを考えたいと思っています。
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こんな記事を見つけた。

金髪関取の把瑠都に母国大使が助言(日刊スポーツ)
角界初の金髪関取となった把瑠都(ばると、20=三保ケ関)だが、黒く染めるなどの話も出ている金髪論争に母国エストニア共和国のアルゴ・カングロ臨時代理大使(30)も心配した。東京・渋谷の大使館で28日、「のりをたくさん食べたらどうでしょう。何事もはじめてというのは素晴らしいことです」と、ジョークを混じえて言った。本人から前日に新十両昇進の連絡を受けた。「おそらく彼が、日本で一番有名なエストニア人でしょう」。現在日本在住のエストニア人は約50人で、うちおよそ20人が東京在住。把瑠都は2月24日の独立記念日など、行事に積極的に参加しており、秋場所(9月11日初日、東京・両国国技館)前には大使館を訪問する予定だ。

[2005/7/29/10:03 紙面から]


金髪の関取が誕生するらしい。
把瑠都(ばると)関というエストニア出身の関取だそうだ。

その前の記事にはこんな記事があった。

金髪関取誕生、角界にまげ論争勃発(日刊スポーツ)
大相撲に史上初の金髪関取が誕生した。秋場所(9月11日初日、両国国技館)の番付編成会議が27日、名古屋市の愛知県体育館で行われ、5人の新十両が決定。エストニア出身の把瑠都(ばると、20=三保ケ関)が昇進を果たした。金髪関取の誕生に、伝統を重んじる角界からは「染めた方が良いのでは」と、戸惑いの声も上がっている。出世に髪の伸びが追いつかず、大銀杏(おおいちょう)は、来年春場所以降の予定。「ゴールド大銀杏」が果たして見られますか。

 ブルーの瞳にゴールドの髪。新十両昇進を決めた把瑠都は白い歯を見せて笑い、197センチ・165キロの巨体を揺すった。「(今場所は十両に)絶対なれない、思った。うれしい」。目にうっすら光るものを浮かべ、片言の日本語で喜びを語った。

 史上初の金髪関取の誕生だ。曙らハワイ勢に続いて朝青龍を代表とするモンゴル勢、最近ではブルガリア出身の琴欧州ら欧州勢と、外国人の活躍が目立つが、これまでブロンドの髪を持つ力士が関取になったことはなかった。

 「異色」の関取の誕生に、伝統を重んじる角界からは戸惑いの声も上がっている。関取になれば大銀杏を結うことになるが、金髪の大銀杏は前例がない。角界のルールブックにあたる日本相撲協会寄附行為にも髪の色についての規定はなく、学校の校則のように「金髪はダメ」という規則はない。ただ、相撲は神話伝承の時代より続く日本の国技。協会も頭を抱える。北の湖理事長(元横綱)は「まず油をつけて、見た目がどれぐらいになるかだ。それでも色が落ちて見えないようなら、染めることを考えないと」と黒髪に染めさせる可能性も示唆した。

 幸いなことに? 毎日髪結いに使うビン付け油の影響で、来日当初に比べて把瑠都の髪は金色から少しくすんだ黄土色になりつつある。審判副部長も務める師匠の三保ケ関親方(元大関増位山)は「油をつければだいぶ暗くなるし、大丈夫だと思う」と楽観する。一方で、生活指導部の山科親方(元小結大錦)は「髪を束ねるちょんまげとは違い、大銀杏は薄く広げるので、光の当たり方によっては、濃くならずに金髪が目立つかもしれない」と懸念を示し、「把瑠都の髪が伸びたら、みんな(協会)の前で大銀杏を結わせて、判断するのもありでは」と話した。まだ入門して1年半足らずの把瑠都は今年春場所でやっとまげを結ったばかりで、大銀杏にはまだまだ髪の長さが足りない。「結論」が出るのは来年春場所あたりになりそうだ。

 注目を集めるのはルックスだけではない。初土俵から所要8場所での新十両昇進は、外国出身力士で小錦に並んで史上最速タイのスピード記録だ。この日の会見でも「新十両で何番勝ちたいか?」の質問に「全部」と即答した。実力もハートも折り紙付き。大銀杏を結うころには、幕内にいる可能性も十分にある。髪だけでなく実力でも、今後の角界に旋風を巻き起こしそうだ。【太田尚樹】

[2005/7/28/10:00 紙面から]


どこまで本格的に「黒髪にしろ」という話があるのかはわからないが、私自身は黒髪に染めさせるのは反対だな。

以前、生まれつき、髪が茶髪な女生徒に無理やり染めさせて、精神的に追い込んだという事件があったが、私はそのときのことを移転前のブログにも書きました。

ふざけんな!茶髪コンプレックス

このときも書きましたが、私は髪を染めることはしません。
理由は体に悪いらしいと聞いたからです。
でも、人が髪の毛を染めることは別に気にしません。
好きな色に染めればいいと思います。
私の父は父の年代にはめずらしく、髪の毛を染めることに反対しない考えの人で、
「髪の毛を染めることを反対することは遠まわしの外国人差別だ」
と私に教えてくれたのは父です。
私も同感です。

本人の意思で変えたければいいけど、他の人の意思で変えさせられるとしたら、把瑠都関の髪を黒髪に染めることは反対ですね。
所ジョージさん。
名付け親は確か、宇崎竜童さんで、由来は、所ジョージさんの出身地、埼玉県所沢市から、
所沢柳ジョージ
から来ているそうです。

そんな所ジョージさんは一応歌手の面もあります。
ミュージシャンとしては売れていませんが…。

まずはアルバム史上最大全集しょのいちです。


♪た~らりら つらら つらら つらら~
という、ご陽気な曲「組曲 冬の情景」や23歳になってまで靴下を下げてプレゼントをもらうのを待っている「一年中クリスマス~セロリ・パセリ」、「脳ミソ」という曲のような短い曲を多くやっていた若い時代のところジョージさんが堪能できる一枚ですね。

そして、しばらく経ちまして。



僕の犬というアルバムです。
この頃はもう、短い曲はやっていませんね。
このアルバムには今は九代目林家正蔵になられた、当時はこぶ平さんが兄弟子の林家ペーさんと参加している「海老名の穴」という曲があります。
今から考えると、こぶ平さんはすごいことになっていますね。



ブタとダイヤモンドですが、これはミニアルバムですね。
「努力しているのかね、と聞かれても、「ふざけています」とは胸をはれないでしょう」
といっている曲「質問」などが入っています。
あたしがこのミニアルバムを買ったとき、CDケースが傷ついていたので店員さんがケースを入れ替えてくれたのだが、ジャケットが逆になっていました。
私はそのほうが面白いので、今もそのままにしています。



20th カニバーサミー」というアルバムです。
デビュー20周年記念アルバムですね。
若いときに収録したのをそのまま入れたのやら、入れ直したのやら、いろいろありました。
「パンツで動く汽車」といわれた「西武沿線」という曲などが入っています。

つい最近は実力派デュオコブクロと一緒にやっている、トコブクロですかね。


こうやって見ていると、所ジョージさんの曲は「お金を出して買うほどではないな」とは思うわけです(笑)。
でも、決して、CDを売ろうとは思わないのです。
そして、たまに聞く。
やたら理屈をこねている「寿司屋」という曲とか(笑)。
そこが所ジョージさんの魅力かもしれませんね。
昨日、テレビ朝日系の「ロンドンハーツ」を見ていたら、私のつぼのキャラクターが出てきた。
それは、
「サッカーばか蔵(さっかーばかぞう)」
である。
サッカーばか蔵はサッカーが好きで話を何でもサッカーに関連する言葉で返すというキャラクターである。
やっているのはペナルティ(あいまいなウィキペディアのリンクですみません)のヒデさんです。
ヒデさんはDonDokoDon平畠さんほどは地味ではないが、どちらかといえば目立たないキャラクターの人です。
サッカーの経歴は豪華で市立船橋高校サッカー部、専修大学サッカー部という名門サッカー部でバリバリにサッカーをやっていた人で相方のワッキーは1年後輩です。
市立船橋といえばカレン・ロバート(ジュビロ磐田)や増嶋(FC東京)の先輩です。(ついでにいうと、ヒデさんは、北海道日本ハムの立石投手の高校の1年後輩です。部が違うけど)
ヒデさんは横浜フリューゲルスに誘われるほどの実力があったとも聞きます。(しかし、この本の中では「チームのスタッフとして誘われた」と書いてあったような気がします)
そんなヒデさんが昨日の放送の「ロンハー」でいい感じでした。

番組の内容は暴露話だったり、いろいろしていましたが、まあ、それはおいといて、私はサッカーばか蔵にちょっと、はまってしまいました。
ヒデさんの出色のキャラではないかと思います。
和服(庶民風)にサッカーボールのヒデさん。
銀座7丁目劇場時代からの仲間である、ロンブーの淳さんはヒデさんの持ち味を知っているので、なんか、いい感じでした。
今後も何かの形で出てきてほしいですね。
でも、時代劇風なキャラなので、出るところ、あるのかなあ…。
せっかくのキャラクターなのに…。

「せみだー!」




【追記】2005年11月2日に追記。
サッカーばか蔵の「ばか」はひらがなの「ばか」だそうです。
「ぶろぐであそぼ!」のオランダの薔薇さんにご指摘いただきました。
今まで、漢字で「馬鹿」と表記していましたが、ひらがなに修正しました。
題名長いな…。
すんません。

北海道日本ハムの入来投手が好投しました。

入来粘投!ハム連敗止めた(スポニチアネックス)
【日本ハム6-2楽天】入来が8回を7安打2失点と粘投し、4勝目を飾って連敗を3で止めた。今季は3度雨で先発が流れている上に、試合開始3時間前までは中止濃厚の空模様だった。「苦しかったけど、勝てたことがすべてです」とはにかんだ。

 前回17日、9回まで互いに無失点と譲らなかった有銘との再戦。相手が初回に4点を失うと、付き合うように入来も吉岡に2ランを浴びた。それでも2回以降、見違える投球をできるのが32歳にして成長した部分。実母逝去で米国に帰国中のヒルマン監督に代わって指揮を執り、4戦目で初勝利を挙げた白井ヘッドコーチは「初回の(日本ハムの)攻撃が20分以上あり難しい立ち上がりになったが、よく修正してくれた」と称えた。

 球宴休みは札幌市郊外の自宅一軒家で、近所のスーパーから食材やCDを買い込み気ままに過ごした。22日に札幌で開かれたトークショーではファンの質問に「今、メジャーは考えていない」ときっぱり言い切った。3位オリックスとは5ゲーム差。北海道をこよなく愛する右腕は、後半戦の柱として2年連続のプレーオフ進出へ北の夏を熱くする。
(後略)

入来投手は北海道日本ハムに来る時、メジャーにいく、行かないでもめましたね。
でも、そのとき、ハワイでの自主トレ中、ちょうど同じハワイで自主トレしていたSHINJO(以下、漢字で新庄とします)と出会い、新庄が入来にメジャーの現実やアメリカでの生活を教えてもらったと聞きます。
入来がメジャーのことを口にしなくなったのはこのあとからですね。
新庄はアメリカでイヤな思いをしたといっています。
その実際にメジャーへ行き、生活をした、経験者新庄から、現実を教えてもらった入来。
メジャーへ行きたいのならば、新庄にメジャー生活の現実を教えてもらったうえで、本当に自分はアメリカに行きたいか、否かを決めたほうがいいですね。
新庄に話を聞いて、
「やっぱり、行くのをやめよう」
と思えば日本に残ればいいし、
「新庄さんから話を聞いて、覚悟を決めて行きます」
という気持ちにもなるだろう。
つまり、
「憧れだけではすまない」
ということを知ってから行っても遅くないということです。

メジャーやメジャーの傘下(さんか)のチームに実際、行ったことのある人が日本に帰ってきて、
「日本よりはるかに厳しい。日本はまだ甘い」
とか、ファンレターに「アメリカでやりたい」を書かれていたという選手はそのファンの方に、
「行かないほうがいい。
差別はあるし、食べ物は合わないし、言葉の壁がある」
といって、行かないほうがいいとすすめる人がいました。
後者の選手はマック鈴木と違って、通訳なしで本当に単身で行ったため、あらゆる目にあったと告白されていました。
新庄でも厳しかったのですから、本当に単身で行けばどういう目に合うか、簡単に想像できますね。

そういえば、メジャー志向のあった稲葉選手も新庄からメジャー時代の話を聞いたのだろうか?。
メジャーへ行きたい人にとって、新庄は生きた教材である。
実際経験した人の話を生で聞ける。
もし、稲葉選手も新庄の話を聞いたら、軽々しく「メジャー」とは言わないかな、と思いました。

誤解のないように言いたいのですが、私は日本の野球選手のメジャー移籍には反対していません。
むしろ、どんどん、海外でやるべきだと考えています。
ただ、何も知らないでメジャー憧ればかり話をしている選手を見ていると、ちょっとな、と思っているだけです。
現実を知ったうえで、
「それでも行く」
という感じで行ってくれるほうがいいな、と。

新庄がチームメイトにいるということは本当に大きいな、と感じますね。



よろしかったら、「振り逃げプロ野球」に一票、よろしくお願いします。
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